大学院の講義が始まる直前の10月の初めに、沖縄、博多、広島と旅に出かけた報告をさせていただきます。コロナも落ち着き、沖縄の感染者数は、岡山県より少なくなっていました。そろそろいいかなと考えて、大好きな沖縄へ行ってきました。
沖縄では、親族とのゴルフを楽しみ、隙間時間にダイビングを楽しみました。ゴルフは6日間の間に4回ゴルフをしました。楽しいというよりは苦行のゴルフでした。初日こそ85で回ったのですが、後の3回は100越えしてしまい、辛い時間を過ごしました。7年ぶりのゴルフだったのでこんなものかもしれません。ゴルフ舐めてました。
ダイビングでは、スクールに通い、一番初級レベルのCカードのライセンス、「オープンウォーターダイバー」を取得しました。この講習を受けることで、器材の扱い方や管理の方法、ダイビングのルールを学び、ダイビングショプで器材を借り、水深18mまで潜水ができるようになります。
親族は、北谷町のHilton Double Treeという、とても豪華なホテルに滞在しました。私は学生の身分でもあり、なるべく節約するため、一泊5,000円(税込)の安いホテル(シーサイドホテル・ザ・ビーチ)に6泊しました。ここを選んだ理由は安いこと、そしてもう一つの理由は、嘉手納基地の滑走路延長線に近いことです。
私は、「超」が付くほどのミリタリーオタクで中でも戦闘機が大好きです。このホテルの屋上にはジャグジーが設置されていてコロナ前までは、宿泊客の利用ができたようです。現在は使えないのですが、屋上に上がることはできるとのことで、嘉手納基地を飛び立つ戦闘機を見ることができると考えていました。残念ながら土日は、戦闘機もお休みのようで、平日も前日、ゴルフとダイビングをしていたので、ホテルの屋上の利点は全く使えませんでした。
しかしながら、ゴルフ中に空を飛ぶF-15、F-35、自衛隊のC-1輸送機を見ることができて、私はとても幸せでした。あの騒音が嫌いな沖縄の方や沖縄の基地をどうしても許すことができない方もおられると思いますが、私は戦闘機という尋常ではないアイテムが大好きなのです。車が好きな人や鉄オタと呼ばれる人たちと同じです。
遊ぶ時間はありそうで、ありませんでした。今回、レンタカーを借りなかったので、移動は徒歩でした。アメリカンビレッジと呼ばれている繁華街も近くにあったのですが、歩く遠いので行くこともありませんでした。近くの沖縄そば屋さんとおしゃれなカフェのモーニングサービス、北谷の西側にある海岸沿いの散歩を日常にしていました。たくさんの人たちがサーフィンを楽しんでいました。基地関係者が多いところなので日本人よりは、海外出身の方が多いように感じました。「ここで暮らせば、英語の家庭教師には困らんな」なんてことを考えながら散歩していました。
ホテルの前にある住宅は、アメリカの住宅のように見え、一階がガレージになっていて、プールを設置したり、ウェイトトレーニングの器材を置いていたり、アメリカンな感じの街が出来上がっていました。聞いたところによると、この家の家賃は一か月30万円だそうです。家族で住むことはできますが、どうでしょう。
物価のもともと安い日本で円安も進んでいるので、ランチで2000円使う国の人たちは、生活が楽に感じるかもしれません。中古車販売では、値札がすべてドルで書かれていました。こんなところから引っ張られて、日本もこれから物価も上がっていくことになると思います。そうすると金利も上がるので、住宅ローンの金利を変動制にしている方はご注意ください。
さて、そこから岡山に帰ろうと思ったのですが、翌日には広島へ行かなければならないため、福岡空港におりて、元スタッフの家族が受験を控えているので大宰府に行ってお守りと合格鉛筆をお土産にすることにしました。福岡空港からは直通のバスが出ているので便利です。福岡空港は博多の街から近いので、着陸時には普通の民家のすぐ上を低空で飛びます。民家すれすれに飛ぶ飛行機の窓から景色を楽しむことができました。
福岡には息子がいるので、夕方に電話して食事に誘ったのですが、「ムリ!」の一言で断られてしまいました。一人で焼き鳥を食べ、翌日、学会発表のため、広島に向かいました。広島についてすぐに、髪も髭も伸び放題だったので、散髪屋をGoogle Ⅿapで検索し、口コミから良さそうな店に予約を入れたところ、一か月後の予約といわれてしまいました。
そこで、別の店に行くとカットだけならできると言ってもらえたのでお願いしました。髭剃りは自分でもできますもんね。その散髪屋さんでは、前のお客さんは白人で、日本も国際的になったなと思っていました。店主が英語をしゃべるのかと思っていたら、その白人は見事に流ちょうな日本語を喋っていました。
髪も整えて、準備も万端、学会の発表をさせていただきました。8分間にまとめるのですが、いつもの悪い癖で、情報を詰め込みすぎて結果としてわかりにくい発表となってしまいました。何度も練習したのですが…。今年で修士課程も終わり、研究の集大成となります。12月には接骨医学会という場でも発表させていただくことになっています。
我々の仕事の価値はどこにあるのか、今しばらく研究を続けます。