4年生最後の4学期に東アジア関係の講義を取りました.1800年代後半から第2次世界大戦後の約100年間の中国大陸と朝鮮半島,台湾の経済状況を鉄道敷設の距離や積み荷の重さや荷物の中身,港の整備や航路の状況からどのように経済が伸びていったのかを勉強します.
この時期の東アジアへの日本からの投資額は大きく,台湾での貿易収支は1933年から1944年までずっと赤字です.コメ生産量は品種改良によって生まれた蓬莱米や灌漑によって1900年から1938年の間に3倍になり,1938年には日本向けのコメ輸出が生産量の50%となっています.コメと砂糖は台湾からたくさん入ってきたようです.あの立憲民主党の蓮舫さんのお父さんはこの台湾から日本への輸出業者として財を成した方のようですね.
1910年から始まった朝鮮併合では,硫安などの化学肥料の効果や寒冷地に強い品種の開発により,朝鮮米の生産量も2倍以上になったとのことでした.日本人が大地主になったようですが,これは大量購入した未開墾地を日本お得意の水利事業によって田んぼに変えていったようです.学校に行っていない子供が多かったので識字率も低く,朝鮮半島の就学率が,1925年の12%から1940年の39%と3倍以上になり,ハングル文字を中心に教育したことが教科書などによってわかっているそうです.民衆の不満は大きくその理由は,当時子供が貴重な労働力だったので,学校に行っている間仕事をしてもらえないからだそうです.
歴史的な知識がほとんどない私にとっては,植民地は利益をあげたり,現地の富を吸い上げるためにすると思っていましたが,日本の植民地経営は赤字の連続で利益は出ていないようです.搾取したというよりは,日本人は台湾や朝鮮半島を日本の一部としてインフラ整備や教育制度改革,法整備を日本と同じようにしたようです.その国の方々がどう思うかは別として,日本は資本と投入して,満州や台湾,朝鮮半島を食べ物をたくさん生産できるようにし,李朝時代の王族や両班といわれる貴族などお金持ちであるかどうかにかかわらず,貧しい者でも子供が教育を受けることができる良い所にしようとしたのだと思います.李朝時代には人口の3割から5割が奴隷だったそうで,日韓併合時に奴隷制度が禁止され,奴婢の子供も教育を受けることができるようになったそうです.
講義が終わるたびに400文字ほどのレポートを提出します.ある日,先生から以下のような返事を頂きました.4年間の間,たくさんのレポートを提出しましたが,返事を頂いたのはこれが初めてでした.「当時,日本は世界で一番人種的な差別をしていない国だと思う.」と書いたのですが,日本においても人種差別として,次のことがあったので勉強しておくようにとのことでした.
先生からは…
「日本にも近隣の諸民族に対する差別があったと思われるので代表的な事例を知っておいた方がいいでしょう。例えば、人類館事件、関東大震災朝鮮人虐殺事件、霧社事件などです。」
そこで調べてみると…
人類館事件
1903年に開催されたいわゆる大阪万博の時に展示場外で,民間パビリオンとして展示された「人類館」の話でした.人類館はアイヌ人,台湾人,琉球、朝鮮、支那、印度等の民族を土人として展示した.確かに今の感覚から考えれば,非常に問題のある人種差別です.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%BA%E9%A1%9E%E9%A4%A8%E4%BA%8B%E4%BB%B6
この話を調べていて私の大好きな映画の一つ,グレーティスト・ショーマンを思い出しました.この映画も元になった実話があり,1850年ごろのP・T・バーナムというアメリカ合衆国の興行師が始めたサーカス(悪ふざけという意味)のことを描いています.グレーティスト・ショーマンの映画はとても感動する映画だったけども,異形の人を展示物としたので,この人類館の話を聞くと複雑な気持ちにさせられました.
https://ja.wikipedia.org/wiki/P%E3%83%BBT%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%8A%E3%83%A0
関東大震災朝鮮人虐殺事件
1923年9月3日の毎日新聞(当時は東京日日新聞)によってあおられたデマ事件で,井戸に毒を入れたとか暴動を起こして放火をして回っているという嘘の報道により230人(もっと多いという説もある)の朝鮮人が殺されたといわれている事件です.非常に凄惨な事件ですが,異常者ではない一般の人によって行われた殺人事件なので,殺された方も殺した方もショックは大きいと思います.死亡原因が災害か虐殺か区別せず832名の朝鮮人犠牲者に1人200円の弔慰金が支払われた(日本人は16円)そうです.弔慰金だけでいえば日本人が逆に差別されているかもしれませんね.これは人種差別というよりは,10万人の方々が亡くなった関東大震災という特別な状況下で起こった事故のような事件ではないでしょうか.
霧社事件
1930年に大日本帝国外地台湾・台中州能高郡霧社(現在の南投県仁愛郷)で起こった、台湾原住民による日本統治時代後期における最大規模の抗日蜂起事件で,台湾の霧社という山の中に住んでいた原住民が結婚式をしていた所,ここを通りかかった日本人の警察官を式に招き入れようとしたら拒否され,それに腹を立て警察官を殺してしまった後に起こった争いです.
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9C%A7%E7%A4%BE%E4%BA%8B%E4%BB%B6
それぞれが人種の違いによって起こっているのでこれらは人種差別ですが,私が言いたかったのは,「その当時,世界で一番人種差別がない国」ということだったので,その当時の世界の様子は,どうだったかというと…
アメリカ合衆国では,1863年の奴隷解放宣言とよく言いますが,奴隷解放宣言は,南北戦争の時に奴隷が少なかった北軍のリーダー,リンカーンが敵である奴隷の多い南部州の戦力を削ぐ意味で宣言したともいわれているし,現在でもネイティブアメリカンやヒスパニック系の人たちに対する人種差別が強く,貧富の差がある国です.1954年に白人と黒人の学校を分けるのは憲法違反という裁判があったほど人種差別は横行していたと思います.マルコムXやキング牧師はこの時代の人です.この時代に黒人が白人に殺されてもまともな裁判も行われなかったのではないかと思います.
ヨーロッパでは,1859年のダーウィンの『種の起源』によって,人種の違いから優秀な人種と劣等な人種があると拡大解釈する人間がいました.それ以前からも宗教上の理由からもユダヤ人やセム人などその他の人種が迫害を受けていきました.アメリカ南部の奴隷制度擁護者だった外科医のジョウザイア・ノットは,黒人種は本質的に劣っており,文明はゲルマン系ヨーロッパ人によって築かれたと主張し,白人の発展こそが自然の法則で,黒人やアジア人などの人種は白人に支配されることが,人類の発展につながると言っていたそうなので,ヨーロッパ列強によるインドや東南アジアへの植民地政策は,劣等な人種のいる地域を優秀な人種によって支配することでその地域の発展につながると考えて行っていたと考えられます.もちろんすべての人の意見ではありません.
https://libir.josai.ac.jp/il/user_contents/02/G0000284repository/pdf/JOS-KJ00000557675.pdf
さらに,その後のナチスによってユダヤ民族に行われた迫害は特定の人種を根絶やしにしようとした行為であり,これは差別ではなく虐殺で,少し前のアフリカの民族紛争や現代の中国のチベットやウイグル,モンゴル自治州で行われています.ナチスによるユダヤ人迫害がなぜ行われたかをまだ私は知りませんが,チベット・ウイグル問題は地下資源や最近では低コストの労働力のためともいわれており,臓器転売など恐ろしいことが行われているようです.
いつの日か,チベット高原鉄道に乗りたいと思っていますが,こんなことをブログに書くと入国できなくなるのか心配です.
そもそも,数字はアラビアでうまれたし,羅針盤や火薬は中国のどこかの国で作られたことからも,どこかの国の民族が遺伝的に優秀ということはないということでしょう.
でも,陸上競技の黒人の速さは人種によるものなんでしょうか
だから私は,日本に人種差別がなかったとは言いません.この当時,日本は一番人種差別が少ない国ではないかと思うと言ったのです.
先日,Youtubeを見ていたら日本人は,「天皇陛下」と「その他の人」という風に分けると言っていました
この分け方だから人種差別が少ないのかもしれませんね.天皇陛下とそれ以外の人民ですから…
また,他国の方に天皇陛下のことをほめられるとうれしいですね.
今日は天皇陛下のお誕生日ですね.おめでとうございます。天皇陛下は日本民族の代表です.
人種差別が無いとは言いません… 人間は残酷な面も持っていますから…
イケメンや美人というだけで,扱いが違うのは差別でしょうか…
おっさんというだけで… またの機会に書こうっと…
寿晃整骨院 総院長 木下広志